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- はじめに
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したが適当なものが見当たらなかったので、思うが侭に載せておきました。何かのご参考になれば幸いです。股関節手術の名医、坂本雅昭先生にお会いしてからは、すべてをお任せすることにしました。
このページは私の変形性股関節症・人工股関節全置換手術の記録ですが、この手の手術は俗に「日柄」というように、ほぼスケジュウルどうりに進みます。入院2ヶ月は結構長いので、いろいろな日程をあらかじめどのように手配しておくかは、大切な問題となります。ネットでも探してみま
入院中は大勢のかたがたにお世話になりました。厚く御礼申し上げます。 (星合重男)
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- 術後6年6ケ月 2009年4月2日(木) 「時に痛む時もある」
- 今日もレントゲン写真を正面1枚撮った。異常はないですね順調です。今の調子だと生涯大丈夫でしょう、とのこと。それでも今年の冬は一度だけ股関節が痛んだ。原因はわからない。痛むと何時間かは歩けない、車いすに乗る。いつもより寒い時に突然おこる。去年は2-3回あったので今年は少なくはなったようだ。
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- 術後6年 2008年10月2日(木) 「完治?」
- これくらいで完治というのかもしれない。仰臥して片足づつあげる運動をすると、
患肢は健肢の半分位の回数しか上がらない。階段などを降りるときは、転ばないように気をつけて降りる。
胡坐が組めないので、お座敷はやめる。和式のトイレは少々不便であるが何とかなる。
靴下をはくのと爪を切るのは少し苦労する。そんな所か。
- 術後5年6ケ月 2008年4月2日(水) 「5年半」
- 最近、日常生活ではほとんど気になることはない。ただ、座敷の宴会では足が痛くて長持ちしないので、できるだけお断りしている、しかし、周りを見ると最近のお年寄りは、皆さん座敷を嫌うので、手術のせいばかりではないように思う。それと、患肢に靴下をはかせるのが少し厄介だ。それくらいは我慢が出来る。
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- 術後5年 2007年10月2日(火) 「5年もたって」
- 今日は正面だけ1枚レントゲン写真を撮った、特に異常はない、関節の磨耗も見当たらない。しかし、5年もたっているのに、時々痛む、あれ、という程度ですぐに収まるが、寒いときはたびたび起こる。長く歩くときは杖を持ってゆくことにしている。2キロメートル程度が目安のように思う。 その他のことに不自由は感じない。、かがむのに少し不自由なことぐらいか。
- 術後4年6ヶ月 2007年4月2日(月) 「あいかわらず」
- いつものようにレントゲン写真を撮って、いいですね順調ですよ。とのこと、しかし今頃になっても寒い季節になると股関節付近が痛くなるので聞くと、手術の傷はそうなるとのこと。長く歩いてもやはり痛くなる、イタイイタイというのではなくピリピリと。先日、アンコールワットに出かけて、第三回廊まで登ってみた、70度の急階段は降りられるか心配したが帰ってきた。カンボジアは暖かかったせいか、脚は順調に動いたようだ。
- 術後4年 2006年10月2日(火) 「今、心配な事」
- できるだけ、ふつうのを生活を心がけている。マア、たいていの事はOKだ。が、先日、五色沼の周りを2キロほど歩いたら、しばらくして、患肢太ももの後ろ中ほどが、ちくちくと痛い。そして歩くとき、わずかに爬行が出る。先生は一時的な痛みなら大丈夫とのことであるが、少し心配。それと、和室の宴会、これはきつい。その他はマア困らない。
- 術後3年半 4月2日(日) 「おしまい・・・か」
- 3年半経って、まあこれで良し、というところに来た。ずいぶん長くかかったが、回復が遅いのは老化によるところも多いだろう。手術を決めたとき、大手術と聞いて、半分泣き出しそうであったが。ここまで来ると、ほんとうに手術してよかったと思う、痛いのを我慢して先延ばしにしたら、そして、そこから3年半かかると思うと、ぞっとする。痛んできたら早く手術したほうがいいと確信を持って言える。今まで多くの方からいろいろな情報を頂きました。ありがとうございました。
- 術後3年5ヶ月 3月2日(木) 「まあ、よしとしよう」
- 今、何が困るか強いて言えば、「患肢の爪が切りにくいーーこれはかなりの苦労」 「和式トイレが使いにくいーーでも、そうなれば何とかなる」 「段差の大きい階段は危ないーーバランスを取りながらゆっくり進む」 「走れないーー地震の時はあきらめるとしよう」 まあーあまり贅沢な事をいわなければ、ヨシということだろう 。
- 術後3年4ヶ月 2月2日(木) 「寒くても大丈夫」
- 今年の冬はことのほか寒い。しかしこの冬は、例年の寒さによる痛みはない。雪かきもした。まあ、3年目でやっと順調な冬を過ごしている。最近、皆さんからいただくメールを見ると、手術創が小さく入院期間の短い手術が多くなっている。この病床日記が役に立たない古いケースになりそうだ。いいことですね。
- 術後3年3ヶ月 1月2日(月) 「お正月は絶好調」
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- 今年の正月の足の具合は快調。殆ど気ならない。年始の和室でのご挨拶や、段差の大きい初詣の階段で、そうだ、手術をしたのだと思い出す程度になった。遠出の時は念のため、折りたたみの杖を持って行くが、しばらくは使ったことがない。去年の5月の博覧会で急に歩けなくなって車いすに乗ったのが不思議。今年はズ~~ットとこのまま快調な年になりそうだ。
- 術後3年2ヶ月 12月2日(金) 「はしご を使う」
- 庭木の剪定をした。去年までは"はしご"が使えなかったが、今年は何とか使えるようになった、患肢と健肢の登坂力?の差は大きいが、順序よく足を運ぶと、はしごも使えるようになった。それでも、時にはふらつくことがあるので気をつけて登る。また、今年は寒くなっても昨年のような痛みが出ない、日一日とよくなっているみたいだ。
- 術後3年1ケ月 11月2日(水) 「その後は順調」
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- だんだんと寒くなって痛みが出るかと心配しているが、今のところ順調である。5月の愛知万博では車いすに乗って、それから今日までは痛みなし。なんかこの冬はずっと大丈夫のような気がしている。そして、最近になって立ったままでズボンをはくことが出来るようになった。つまり患脚でしばらくの時間ふらつくことなく片足立ちが出来るようになった。順調のようである。
- 術後3年 10月2日(日) 「3年でも元通りにはならない?」
- 日常の生活は全く不便は無いが 、術前と同じにはならない。しゃがんで何かをするのが苦痛でいちいち腹這いになるし、ゴルフ場も最近はカートがあるから大丈夫という人もいるが、今ひとつ自信がない。階段も油断をするとふらつく事がある。気がつくと歩いているときでも自然に用心しているようだ。先日、3年検診で「それでも正座や和式トイレはやめた方がいいよ」と先生に注意された。やっぱり元どうりにはならないようだ。
- 術後2年11ヶ月 9月2日(金) 「ビールが旨い」
- 気温が上がるとと足のことはほとんど困らなくなる、強いて言うならば歩幅が十分に大きくならない事くらい。夏はビールがうまい季節。人工股関節の寿命は、体重に反 比例するので、「体重を減らすように」と先生からいわれている。グイグイと夏のビールを飲むとき多少後ろめた いが、食べ物を気持ち少なくしているつもり・・。
- 術後2年10ヶ月 8月2日(火) 「夏が来ると」
- 夏が来ると調子がいい。5月に愛知万博で車いすに乗ったのが嘘のように調子がいい。万歩計は必ずつけているが、気にしないで歩いている。歩調も颯爽と快調である。このまま年間を通してくれると完治ということになる。
- 術後2年9ヶ月 7月2日(土) 「MIS (Minimally Invasive Surgery)」
- 最近入院期間がずいぶん短くなったというメールをいただく。一番早い方は手術から退院まで12日で手術創は10センチ、そのほか20日ぐらいで退院の方もいる、私は38日かかったので、ずいぶん短くなったものだと思う。これはMISというらしい。医者ならば、手術の侵襲は少ない方がいいにきまっている、と思っていたが手術の仕方が違うようだ。これは小さい開口部から手術するので、反対する医者もいて一概にはいえないが、手術する病院を選ぶのにも一工夫がいるようだ。
- 術後2年8ヶ月 6月2日(木) 「愛・地球博」
- 広い会場内の移動は大丈夫だろうかと心配しながら、愛知の「愛・地球博」に行った。会場入り口で念のために車 いすを借りた。やがて、右患肢の大腿部中央がちくちくと痛み出し、患肢を内股にした妙な格好でないと歩けなくなった。杖が必要となり、結局、車いすによる博覧会見物となった。術後3年近くなるのにこれでは困るなぁ。心配だがいつも翌日には治っている。その原因は今も明らかではない。
- 術後2年7ヶ月 5月2日(月) 「万歩計必携」
- 歩く事が楽になって、だんだん行動半径を広げるようになった。しかし1日10000歩以上歩くと、翌日右大腿部が痛む、理由はよくわからないが杖が必要な時もある。通常の勤務や日常の行動範囲ではおおよそ2000歩くらいで問題はないが、少しぶらぶら歩いても5000歩までにしている。このところ万歩計は必携である。
- 術後2年6ヶ月 4月2日(土) 「年のせいか」
- 先月の書き込みを見た友人が、歩く速度が遅いのは「年のせいだよ」という。なるほどそうかもしれない。年をとると前屈みになって歩幅は小さくなりテンポも遅くなる。自分はまだ若いつもり、颯爽と歩きたいなあと、少し欲張っている様にも思う、春になり暖かくなったら、少し努力して早めにスタコラと歩いてみよう。
- 術後2年5ヶ月 3月2日(水) 「歩く速さ」
- だいたいのことが不自由なく出来るようになると、すこし欲深くなってきた。どうも歩く速度が遅いのである。自分では普段と変わらず歩いているつもりなのに、後からどんどん人が追い越してゆく。よく観察してみると、歩幅が以前より小さくなっている、それに歩調もテンポが遅い。駅の人混みで試してみると、かなり努力しないと人と同じようには歩けない。
- 術後2年4ヶ月 2月2日(水) 「おへその位置」
- 手術直後、おへその位置が体の中心線から、2センチも右(患肢)の方にあったが、現在はほとんどわからないくらいのところまで近寄ってきた。それでも体全体をよくみると、骨盤が少しゆがんでいるようだ。そういえば歩くときも右肩が下がっている。これは手術と関係ないのかもしれないが、出来るだけ意識して姿勢を矯正するようにしている。
- 術後2年3ヶ月 2005年1月2日(日) 「お正月」
- 昨年の正月にくらべて、格段によくなったとはいえないが、だいぶ調子がいい。初詣など車で移動したが、乗り降りの不自由さを感じない。昨年は天城のホテルにいたせいもあって、車の乗り降りにはだいぶ苦労したように思う。寒くなるとどうしても具合が悪くなるが、今年の正月はだいぶ楽だ。お酒もおいしい。
- 術後2年2ヶ月 12月2日(木) 「やっぱり寒いと」
- 心配していたとうり、寒くなると患肢が痛む。痛いというよりも、患肢の筋力が弱くなるという感じ。階段の上がり降りや、平地でも時にはバランスが崩れてふらつく。夏はそうでもなかったのに、ここしばらくはそのような状態になる。やっぱり寒い季節はよくないようだ。
- 術後2年1ヶ月 11月2日(火) 「コケタら痛い」
- 今も坂道ではわずかに爬行がでるが、それ以外は、平常の生活を取り戻してきている。平泳ぎも順調に泳げるし、パンツも靴下も自分で楽に履ける様になった。つい慣れてあらっぽく床にしりもちをつく事があった。するとその日はやっぱり股関節部が痛い、人工骨が緩んだかと心配したがそうではないらしい。でも、どうして何処が痛くなるんだろう。2日ぐらいで痛みはなくなる。
- 術後丁度2年 10月2日(土) 「左右はバラバラ」
- 2年もたったらもとどうり、と思っていたがなかなかそうはいかない。右足と左足が同じようには動かない。患肢(右)のほうの筋力が、かなり弱いように思う。昨日、2年目の検診でその話をにしたら、大腿部の周囲を計ってくれた。左太もも51センチ、右太もも50センチ、つまり患肢は健肢にくらべて1センチ細い。先生は、健肢が患足をかばって、よく働いたのだろうというが、急な階段を昇るときなどは健肢を上の段に置かないとうまくない。つまり、右左はまだバラバラなんだ。
- 術後1年11ヶ月 9月2日(木) 「筋肉痛」
- 平泳のレッスンを始めて、患肢を痛めたのではないかと心配したが、骨の構造には影響していないらしい、急に足を激しく動かしたための筋肉痛であるとわかった。でも、健肢のほうは何ともないので、やはりどこか左右違っているのだろう。平らなところを歩く時は、益々快調に足を運ぶことが出来るようになった。周りの人もよかったねと喜んでくれている。
- 術後1年10ヶ月 8月2日(月) 「チクット痛い」
- なんとか、平泳ぎが出来るようになって、嬉しくて練習に無理をしたようだ、ここ暫く調子のよかった患肢の大腿部の中ほどが、時々痛い。平地を普通に歩く時はそうでもないが、歩く方向を変えるときなどに、チクット痛みがある。平泳ぎのせいかどうかはまだ分からない。暫く無理をしないで様子を見ることにする。
- 術後1年9ヶ月 7月2日(金) 「平泳ぎが出来た」
- 術前は、痛くて足を開くことが出来ないので、断念していた夢の「平泳ぎ」が出来るようになった。コーチも、足はうまく開いていますよと、太鼓判を押してくれた。今はまだ、やっと形が出来たところだが、そのうち優雅な泳ぎが出来るだろうと楽しみにしている。平泳ぎが出来た。出来た。うれしい。
- 術後1年8ヶ月 6月2日(水) 「300メートル」
- 暖かくなって、大分調子が良くなってきた。術後1年ぐらいまでは、300メートル程はなれたところのバス停まで歩くのがいやで、車で送ってもらう事もあったが、今は、そんなに苦にならない。たった300メートルというが、本当にいやだったのを思い出す。でも、駅の階段は、今でもふらついて危ないので、手すりの近くを慎重に歩いている。平地はまったく問題はなくなったが、走るのは、小走りでも無理である。
- 術後1年7ヶ月 5月2日(日) 「骨シンチグラム」
- 「念のために、RI検査をしましょう」と、骨シンチグラムを撮った。テクネチュウムという放射性同位元素を注射して、2時間後に骨の患部に集まるのを測るものである。撮影台に1時間固定されて撮影も大掛かりであったが、結果は異常なし。ただ、費用が保険でも12370円。ねんのためにやるにしては少々こたえる。
- 術後1年6ヶ月 4月2日(金) 「アッ・転んだ」
- あったかくなると調子がいい。つい調子に乗って、スペインの南部地方に10日ばかり出かけた。古いお城や、大聖堂をけっこう歩くことが出来た。ある日つい調子にのって4~5段の階段を急いで上がり、足を滑らせて手をついて転んだ。「シマッタ」痛くて立ち上がれない。痛みは1日続いたが、まさか骨は外れまい! 次の日には回復しホッ。転倒の衝撃で股関節周辺の筋肉が痛んだようだ。
- 術後1年5ヶ月 3月2日(火) 「手術の時期」
- 多くの方から質問をいただくのが、手術の時期についての不安である。どこの医者も「手術は遅いほうがいい」という。人工股関節の寿命が15年から20年といわれるからである。そこで、患者はどこまで我慢すればいいのか分からない。私は70歳で手術をしたが、今、1~2年痛いのを我慢に我慢をかさねて生活するよりも、20年後に1~2年早く股関節の寿命が来たほうがいいと思ったからである。今の2年と20年後の2年は、考えるまでもなく今の2年が大切と思う。
- 術後1年4ヶ月 2月2日(月) 「やはり痛みがある」
- 寒い朝などは良くない、平らなところを歩いても痛くなる時がある、どの部分が痛いか注意して観察すると、やっぱり患肢の股関節の付近、つまり肢の付け根が痛む。股関節はチタンに入れ替わっているので痛くはないと思うが、どうもその周りの筋肉が痛むようだ。少しの坂や階段の上がり降りの時に注意してみても、同じような部分が痛む。早く暖かくなってもらいたいものだ。
- 術後1年3ヶ月 2004年1月2日(金) 「質問」
- 読者から最近あった質問 Q1「茶道を趣味としていますが、術後も可能でしょうか」 A「正座はできますが、ひれ伏したお辞儀は出来ません。また、正座から物を持ったまま立ち上がったり、座ったりすることは出来ません」 Q2「自転車は乗れますか」 A「平らなところは乗れますが,混んだところや,坂道で,不意に患肢側に強い負担がかかると痛くて危ない」(現在の状態で)
- 術後1年2ヶ月 12月2日(火) 「寒くなると・・」
- ここ暫くは寒さがこたえる。ヤッパリ風の寒い日はいつもと少し違うようだ、戸外を少し歩くと患肢の大腿部が痛む、町のショウウィンドなどで姿を写すと、右肩が下がっている。爬行はそんなにひどくは無いが、ヤッパリ目立つようだ。坂道が難儀する。でも、普段は杖を持ち歩かない。暖かくなったら良くなるだろうか。
- 術後1年1ヶ月 11月2日(日) 「もう少しなんだが・・」
- ためしに「高山祭り」見学に行った。3時間ぐらいぶらぶら歩きをしたが、やはり杖がいる。家の中ではほとんど不便を感じないが、外を歩くときは杖が必要になる。杖がなくても歩くことは出来るが、あったほうが楽だ。とくに坂道は、右足(患肢)の力がなくて、爬行がひどくなる、下り坂は特に注意しないとあぶない。
- 術後1年 10月2日(木) 「1年たったが・やや不満」
- 今日は術後1年目の検診日、いつもと同じようにX線写真をとって,異常なし。
最近の様子。日ごろの生活に不自由は無いが、階段の上がり降りは少しふらつくいて痛い。、必ず手すりを持つ。ズボンを立ったままでははけない。靴下は座って履ける。足爪を切ることはできる。正座もあぐらもかけるが、和室での宴会はつらい。和式のトイレは問題は無い。
- 術後11ヶ月 9月2日(火) 「まだまだ」
- 歩くのが遅い、どうしても遅れる。歩幅を大きくすると体がふらつくし、患肢が痛む。まだまだのようだ。スポーツクラブのウォーキングマシンを4km/時にセットして、歩き方の練習をする。大分うまく歩けるようになったが、地面に降りるとうまく歩けない。家の中ではほとんど困ることはないが、戸外を歩く時は、まだまだ苦労する。
- 術後10ヶ月 8月2日(土) 「どうしても爬行がでる」
- すっかり楽になっているし、十分注意して歩いているのに爬行があると言われる。そういわれて、よく注意すると、やっぱり右の大腿部が痛いようだ。歩き始めが痛いのは以前から気づいていたが、しばらく歩くと痛みはなくなっている、と、思っていたが、少し長く歩いたり、坂道を行き来すると、やっぱり痛くなるようだ。歩けなくなると言うことはないが、爬行が出る。やっぱり1年かかるのだろうか。
- 術後9ヶ月 7月2日(水) 「やっぱり手術をしたのだった」
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術後まもなくは、歩ける嬉しさで、100m歩けた。300m歩くことが出来た。「もう普通に歩くことが出来る」とハシヤイでいたが、先日、友人に「もう少しだね」と言われて、ハッとした。自分ではうまく歩いていると思っていたのに、まだ爬行があるのだ!!。注意してみると、やはり、右足と左足が別々に動くのがわかる。同じではない。仲間に聞いても同じようなことを言う。ゆっくり養生しよう。
- 術後8ヶ月 6月2日(月) 「やや・ふらつく」
- 最近は手術のことを忘れてしまう。が、必ず思い出すのは階段の上がり降りのときだ、どうしてもふらつく。特に下りは危ないので、つとめて手すりを持つようにするが、それを忘れてフラッとなって、ハッとすることがある。そういえば、平らなところを歩いても、気持ち右に行きたいのにまっすぐ行ってしまうことがある。これはどうしてなんだろう。同じように、立ったままでズボンがはけない。ふらふらして転びそうになる。今度先生によく聞いてみよう。まあ8ヶ月、それなりに順調な回復なのだろう。
- 術後7ヶ月 5月1日(木) 「知らず知らずのうちに」
- 先日、バスが今にも出そうになって、意識しないで走ってしまった。そういえば、階段の手すりも今日は使わないで下りてきた。なにが出来るのか考えているうちは、出来ない。できるようになったら自然に出来るようになる。術前に生涯和式トイレは使えない、と言われていたが最近は意識しないで使っている。人の体は良く出来ているようだ。
- 術後6ヶ月 4月3日(木) 「半年過ぎれば」
- 6ヶ月なんにもなければ、「まあOKですよ」と言われていた6ヶ月がやっときた。昨日と今日でそんなに変化はないがないが、半年過ぎた・・と言う安心感が大きい。足を思いっきり曲げて、つめを切ってみても大丈夫のようだ。つめも切れるし、靴下も自分で履けるようになった。と言ったら、先生は、まあ1年ぐらいは気をつけてくださいね、と言う。
- 術後25週 3月27日(木) 「和室の宴会」
- 田舎で法事があって出かける。お寺の本堂は畳み敷き、精進落しは料亭の和室。困ったなと思ったが、大きい座布団を2枚重ねて,何とか切り抜ける。正座は出来るが、もともと長続きはしない。「あぐら」はうまく座れない。まあ、それでも何とか和室での宴会に自信がついた。時は今、年度末の送別会シーズン。明日もそうだがまあ,何とかなるだろう。
- 術後24週 3月20日(木) 「小走り」
- 電車のドアが今にも閉まりそうなとき、小走りになることがある、でも、これはよくない。走ると大きく爬行するし、痛い。先生に「まだ走れないんです」と聞いたら、笑って答えない。走るときは歩く時の5~6倍の重力が股関節にかかるそうだ。走るのはよくないからやめるようにといわれる。今日4ヶ月検診、エックス線写真をとった。異常なし。
- 術後4ヶ月 3月6日(木) 「おへそ」
- 術後3ヶ月までは、あれよあれよと日一日痛みがなくなり、可動域が広くなってウキウキしていたが、最近はそのような大きな変化はない。相変わらず、歩き出しは痛いし、衣服の着替えには椅子が必要だし、患肢の靴下を履くのは苦労している。そういえば以前、おへその位置が中心より2センチぐらい右より(患肢より)になっていたが、最近はだんだんと中央によってきて後5ミリぐらいのところまで来た。腰のゆがみがなくなってきているのだろう。
- 術後21週 2月27日(木) 「足ふり」
- スポーツクラブでは、ほとんど術前と同じウエイトでトレーニングが出来るようになった。プールもクロールで100メートル泳いで、15分ぐらい歩く、その後100メートル泳ぐ。歩くときは太ももの付け根から大きく歩くと有効のようだ。仕上げは、水の中で患肢を根元から前後に大きく振る「足ふり」が気持ち良い。20回を2セット。ジャグジーは15分ゆったりと。毎週2回目標。
- 術後20週 2月20日(木) 「駐車禁止除外車」
- 公安委員会から連絡があって「駐車禁止除外指定車章」が交付された、我が家の前もそうだが、千葉市の道路はほとんどが駐車禁止地域であるから助かる。それでも、駅前の混雑するところなどは、いくら除外車でも停める自信はない。高速道路の割引券の交付もあった、これはもったいないぐらいあり難い。もちろん車も無税である。日本はなんともすごい福祉国家なのだ。
- 術後19週 2月13日(木) 「医療費の払い戻し」
- 区役所福祉事務所から、医療費の払い戻しをするから書類を持って来るようにとの連絡があった。いくらも払っていないのに、払い戻しとは申し訳ないと思いながらよく読むと、1箇月の医療費の負担限度額は最高でも72300円+そのオーバー分の1%までであってそれ以上は返してくれるとのこと。日本の医療保険制度は世界一と聞いていたがこれはすばらしい。そして、国の社会保障支出がどんどん増えるのも良くわかってくる。
- 術後4ヶ月 2月6日(木) 「搭乗チェック」
- 昨日、所用があって徳島行きのJASに乗ることになった。羽田で搭乗のためのボデーチェックを受けた。「股関節置換手術を受けています、股関節はチタンです」と言っても、初めから「はいそうですか」とは、信用してくれない。ピーピーと厳重な検査があった。考えてみれば、金属が体に入っていますというだけOKでは、ナイフを持っている人も通ってしまうからだろう。国際線ではさらに厳しくなるのだろうか、心配。この顔を見ればわかるのにねえ。
- 術後17週間 1月30日(木) 「同病メール」
- 最近このページを見た方からメールをいただくことが多くなった、結構多くの同病患者がいるようだ。「○月○日に手術の予定ですが、いつごろになったら杖なしで買い物に行かれるでしょう」という女性の方。「これを読んで、およその経過がわかりました、ずいぶん悩みましたが手術の決心がつきました、有り難う」と、男性の方。「そんな3ヶ月や4ヶ月では良くならないですよ、でも、1年もたったら書くことがなくなりますからね」とは、お医者様か?
- 術後16週間 1月23日(木) 「まだ3ヶ月半・・」
- 今日は退院後2回目の診察日。腰部正面のレントゲン写真を撮って「大丈夫です、特に何もありません」、でも「歩き始めは痛いんですが・・」「4~500メートル歩くと、左足と右足が別々に動くような感じででふらつくのです・・・」と、お聞きすると「あなたはセッカチですねえ、まだ3ヶ月ちょっとですよ、あわてない、あわてない、半年か1年はかかると思ってください」 「そんなに長くかかるんですか、困りますねえ・・・・」
- 術後15週 1月16日(木) 「高い階段はしんどい」
- 遠出は控えているが、今日、所用があって銀座に出かけた。バス、JR、地下鉄、と乗り継いでいった。座席に座ることが出来れば問題はないが、15分も立つと、右股関節部に何となくムズムズした違和感が出る。痛いわけではない。身障者席の前に立っても、元気そうな様子を見て誰も席を譲ってくれそうもない。歩くと2~300メートルで同じようにムズムズとなる。右足と左足が別々に動くようで体がふらついてくる。段差の大きい階段をすこし長く上ると痛くなる。下りは、手すりを持って慎重に降りる。
- 術後14週 1月9日(木) 「身体障害者手帳」
- 社会福祉事務所から身体障害者手帳(4級2種)が届いた。趣旨に「身体の障害にめげず活発な社会活動に努めてください」とあった。なるほど、なるほど。自動車税の免除、有料道路の割引などの優遇措置があり、警察に届けると「駐車違反除外章」が交付されるとのこと。
- 術後13週 (3ヶ月) 2003年1月2日(木) 「いくぶん消極的日常」
- 退院時に「3ヶ月間は要注意ですよ、気をつけてください」といわれて今日は3ヶ月目。たいていの事は出来るようになったが、歩き始めが痛いのはどうにもならない。動き出し、行動するのが面倒になってくる。これではいけないな、と思いながらも不精になってしまう消極的な日常である。新らしい年をむかえて、もう少し元気を出そう。頑張れ!!
- 術後12週 12月26日(木) 「正座とあぐら」
- 術前に「正座はだめだがあぐらは大丈夫と」聞いていたが、ときは忘年会シーズン、昨夜は和室。心配しながら、あぐらにしようとしたが、どうしてもあぐらが出来ない。となったらヨシ正座だ。もともと正座は苦手なので、5分位で投げ座りとなったが、ともかくも正座は出来た。「正座はOKあぐらは駄目」が現状のようだ。でも和室はいやだなあ。
- 術後11週 12月19日(木) 「はじめの10歩ぐらい」
- 歩きはじめの10歩ぐらいが痛んで爬行する。その先は痛みも少なくなり杖がなくても歩くことが出来る。先日、1キロメートルぐらいの距離を歩いてみたが、5~600メートルくらいで股関節が疲れたように感じられて体がふらついてくる。あとは杖を使う。電車のときは、降りる少し前に立ち上がって、つり革でしばらく時間を置き、ヨイショと歩き出せば何とかなるようになった。
- 12月12日(木) 術後70日(10w) 「和式トイレ」
- 術前に「和式トイレは使えなくなります」と宣言されていたので、こわごわ使ってみたら、どうということはない普通に使えた。ただ、少し不安定なので、片手は何かを支えないとよくない。またひとつ出来ることが増えた。そういえば昨日、図書室の一番下の棚の本を取ることができた。あまり考えないでいたが、どうして取ることが出来たのだろう。
- 12月9日(月) 術後67日目 「タイヤチェーン」
- 今朝の千葉は雪(といっても5センチぐらい)これは大変だ、タイヤチェーンを着けないといけない、出来るだろうか。恐る恐るかがみこんで作業をする。何とか出来そうだ。ゴゾゴゾやっているうちに雪は小降りになった。再びはずして、チェーン装着実習は終わり !。
- 12月7日(土) 術後65日目 「温泉旅行」
- 快気祝いをかねて仲間と勝浦(千葉県)に行った。往復200キロの運転は難なく出来た。大浴場の洗い場の小さな腰掛を使って体を洗うことも出来た。頭を洗うときに前かがみになり一瞬ギクッときたがそれだけだ。30センチの手術痕を仲間がみて「何だそれだけか」という、綺麗になっていた。
- 12月5日(木) 術後63日(9w) 「身体障害者」
- 退院1ヶ月目の診察、レントゲン写真は異常なし。順調に推移している、「多分もう大丈夫でしょう」とのことで、多分安心。次は2ヶ月目の検診予約。
身体障害者手帳の申請添付書類(4級相当)を書いてもらう。早速、申請書に写真を添えて区役所の社会福祉事務所に提出。交付まで4~50日近くかるそうだ。我輩が身体障害者になるのは、もうちょっと先になる。
- 12月3日(火) 術後2ヶ月 「室内は杖なしOK」
- 部屋の中は杖なしで歩く、時には伝い歩きもあるが、まあ、杖なしでOK。立ち上がりの3~4歩は痛むが、その先は楽になる。階段の上り下りも手すりを使ってできるようになった。現在、困ることは、患肢の靴下を履くのに苦労することだ。緩めの靴下を履くなどするが、これはしばらく改善されそうにない。
- 11月30日(土) 術後59日目 「引っかき傷」
- 鏡でよくみても、手術の傷口は引っかき傷程度になった。皮膚の表面感覚も他の部分とほとんど変わらない、傷口を下にして寝ることも出来る。今、困ることは、股関節の曲がり角度が90度くらいで痛くなることだ。うっかり下にある物を取り上げるようとして、アイタッ!となる。これはいけない事らしい。
- 11月28日(木) 術後56日目(8w)「エアロバイク」
- 手術の前には股関節が痛くて出来なかった「エアロバイク」が使えるようになった。今日は試しに50ワットで20分こいでみたが、うっすらと汗が出て快適。汗の出る運動などひさしびりで嬉しい。両足を左右に広げる外転筋の運動なども、面白いように出来る。トレーナーからあまり調子に乗らないようにと注意される。スッと立ってサッと歩ける感じがするが、でもそうは行かない。
- 11月26日(火) 術後55日目 「10歩か20歩」
- 近くのものを取るには杖は面倒で、10歩か20歩は杖なしで何とか歩く。最初の4~5歩に痛みがあり、6歩目ぐらいからは楽になる。爬行が出るので20歩位からは杖をつくことにしているが、それで100メートルくらい歩くことが出来る。さらにその先まで歩くことも出来るような感じはあるが、これくらいでやめることにしている。
- 11月24日(日) 術後53日目 「スポーツクラブ」
- 久しぶりに、スポーツクラブに行く。筋トレ・マシーンは大体手術前と同じウエイトでOK。腹筋、背筋、腹斜筋、大腿筋。これまで出来なかったのに、外転筋,内転筋トレが出来た、これは嬉しい。プールも、チタンの関節が重くて沈没かと思ったが、クロールがチャンと出来た。プールの横歩きも出来るようになった。杖をついたウォーキングマシンはやっぱり無理のようだ。
- 11月21日(木) 術後50日目 「雑踏が危ない」
- 術後初めて、杖をついて電車に乗った。駅の階段の上がり降りは、手すりを持ってゆっくり登れば何とかなる、エスカレータも「イッチニのホイ」と乗れば乗られる。危ないのは雑踏である。東京駅の中央道路など、右や左に錯綜して、今にも人にぶつかりそうになる。転んだらオシマイである。身体弱者の不安がひしひしと伝わるようだ。
- 11月19日(火) 術後48日目 「浴室の椅子」
- 服を脱いだり着たりするのは、やはり椅子がないとうまくいかないが、浴室の洗い場で体を洗うのに必要だった椅子(外で使う普通の大きさの塩ビの椅子)は、今日からなくても洗えるようになった。でも、やはり患肢の足先のほうはかなり苦労する。手術の傷口はだいぶ目立たなくなった。
- 11月16日(土) 術後45日目 「同衾クッション」
- 就寝中の脱臼を防ぐために、術後3ヶ月は座布団を足の間に挟んで寝るようにいわれた。座布団は大きすぎたので、小型のクッションを使ったら、寝やすい。横に寝るときなんかは、これがあるときわめて快適であり、安心して寝られる。今年中はクッションと同衾である。
- 11月14日(木) 術後43日目 「よちよち歩き」
- 仕事場でいやになるのは、数十センチ手の届かない書類を取るときでも、杖を持たなければならないことだ。えい、面倒だと仕事をやめたくなる。机を伝い歩きしていたが、今日2~3歩杖なしで歩くことが出来た。でもフラフラで心もとない。まあ無理しないでおこう。
- 11月12日(火) 術後41日目 「右の靴下」
- 仕事に行く。佐倉まで17キロ、3~40分で着く、車の運転は全く支障はない。衣服を着るのも、手近に着るものをそろえておけば、椅子に座って難なく着ることが出来る。ただ患肢の右靴下を履くときだけは、多少苦労する。が、これも履くことは出来る。まだ杖なしでは歩けない。
- 11月11日(月) 術後40日目 「270万円」
- 気になる医療費は約270万円。国民健康保険・老人医療費受給者の私の負担額は23万5000円であった。個室料や食事負担など複雑な上、入院中の10月1日に医療保険法の改正があったので、およその目安にしていただきたい。
- 11月10日(日) 術後39日目 「ステッキ」
- 歴博フォーラムに1本松葉で参加する。それにしても会場付近での松葉杖は大げさなので、杖(ステッキ)を使ってみたら、案外うまくいった。ステッキをくるくる回すチャップリンのようにはいかないが、体が横揺れするのを注意しながらゆっくり歩く。
- 11月9日(土) 術後38日目 「退院」 術後38日目
- 松葉杖1本で退院した。松葉は来月の診察日に返してくださいといわれたので、多分そのころには、いらなくなるのだろう。うちの階段も3本足ですいすい上れるようになった。これなら明日の歴博での研究会に出られるな・・・と甘い考えを持つようになってきた。
出るときは緑いっぱいの庭もすっかり黄色くなって桜の葉はなくなっていた。
- 11月8日(金) 術後37日目 「歩ける」
- 1本松葉もなれると、空いた片手でものがもてるようになる。2本より1本のほうが歩きやすいし、活動的だ。1本松葉を机のわきに置いていて、すっと立ち上がるときに、そうだ、まだ歩けないのだ、と思いだすほど、いまにも歩ける感じがする。午後、担当医に、階段の上がり降りと、歩いているのを見てもらって、もう歩かれるね・・で退院OKとなる。よし明日退院しよう。
- 11月7日(木) 術後36日目 「加重2/3、1本松葉」 術後36日目(5w)
- 昨日の術後5週目は仕事に出かけたので、今日2/3荷重となり、松葉杖も1本となった。この重さでレッスンの最後となり、後は杖が外れるだけである。2本あった松葉が1本になると、ちょっと心細い、階段の上がり降りをする、いつも健肢を上の段に使うといいらしい。転ぶと元も子もないので慎重にやる。‡]線写真を撮る、順調、よしよし。なんとなく退院が近いようだ。
- 11月6日(水) 術後35日目 「バリヤフリー」
- 仕事の好きな星合さんは今日は出勤。少しくらい肢が動けなくても、車椅子も松葉杖もあるから、と、はりきって出かけたが。天下の国立施設のバリアフリーはバリアだらけ、あちこちで苦労する。思いもかけず苦労したのが、いつもならなんでもない、すぐそこにある書類や本が取れないことだ。誰かにとってもらうか、いちいち松葉杖を取り出して・・・となると仕事をする気にならない。もうイイヤ、つまり手の届く範囲を少しでも超えるところにあるものを見るとイライラする。
- 11月5日(火) 術後34日目 「日柄」
- リハビリをはじめて「日柄」という言葉を知った。「今日は良いお日柄・・」というやつである。10/2手術日。10/9(1week)抜糸.10/16(2w)リハビリ開始.10/23(3w)体重の1/3加重.10/30(4w)s1/2加重.11/6(5w)2/3加重と進む。いつもの癖で、自分なりに努力をすれば、スケジュールが多少早く、縮められると思ったが、これは大間違いだった。昨日まで駄目だろうと思っていたのに今日になると自然に出来るようになる。人体のリハビリスケジュールはどうも地球といっしょに回っているようで、自分で変えることは出来ない、不思議なもののように思う・・。
- 11月4日(祭) 術後33日目 「運転ことはじめ」
- 右足が患肢なので、うまく運転(プリウス)できるか心配しながら、病院構内を2週して、車庫いれでバックなどもして、よしこれなら大丈夫と目的の「ヘアーカット」へ。右折も左折もブレーキも、手術の前と全く変わりがない。よし、これで安心。それよりも、長い院内生活から初めて外に出たので、景色がいやにまぶしく感じる。
- 11月3日(日) 術後32日目 「海がきれい」
- 当海浜病院は名前のように東京湾に面した検見川浜に沿って建てられて、広大な海が180度一望する事が出来る。ここにきて、海がこんなに綺麗なものか、初めて体験した。紺、青、緑、紫、赤、エンジ、灰、白、その日の天候と時間によって刻々と変化する。特に晴天の日の落日がすばらしい、大きな火の玉が海に接する瞬間は、肢の痛みも忘れて歓喜する。
なぎの日は大きな鏡の湖になり、風の日は一面のさざなみに、台風の日は大きなうねりが砕けてちる。この季節は毎日のように富士山が見える、市原の工業地帯、海ほたる、汐留、新宿の高層ビル群も見られて、すばらしい海景を楽しんだ。
- 11月1日(金) 術後30日目 「外出許可」
- 入院前に散髪をしたので、もうだいぶ髪も伸びた。美容院まで外出許可を出したらOKが出た。外出日は11月4日、はじめて松葉杖で外出する。手術後35日目である。
- 10月31日(木) 術後29日目 「リハビリテイション」
- 「能力を回復する」をそのまま実感するこの頃である。昨日までできなかった事が今日はできるようになる。パンツがはけるようになる、明日は靴下が履けるようになる。そんなに努力していないのに、毎日のように新しいことができる発見がある。人間の体は良くできたものだなとつくづく感心する。今朝も立ち上がると今にも歩けそうになる。多分もうすぐ だろう。
- 10月30日(水) 術後28日目 「1/2荷重」 術後28日目(4w)
- 松葉杖を使って患肢にかかる重さを体重の1/2までokとなる。すっくと体を直立させると片足に1/2の40キロかかるので、立ち上がれるということになる。今まで、ケンケン立ちだったのが仁王立ちになった感じ。すごいすごい。
うれしくなって院内を松葉杖でくまなく歩いてみた、待合室のいすなど結構危ないところがある。
今日も家庭用の小さな風呂にナースの監視つきで入ったが、ほぼ一人で洗らえるようになった。
- 10月28日(月) 術後26日目 「入浴」
- 家庭用より一回り大きい風呂に入る、洗い場にいすを置いて洗うのは、なれないとちょっとやりにくいが、これは自宅でも何とかなりそうだ。患肢と健肢の使い方に手順があるが思ったより簡単だ。次からは一人でできるだろう。体もかなり動くようになって、患肢の足先までは届くようになった。かかとの付近や足の裏は無理だがほぼ大丈夫。
- 10月27日(日) 術後25日目 「サイン」
- 日曜日はリハビリ室も休み、ベッドの上で簡単な運動を始めたが、力は入らない。
今までに説明と同意書にサインが必要であったものをまとめてみた。
9月13日・自己血預血に関しての説明と同意。
9月27日・手術の説明と同意書。輸血に関する説明と同意書。
10月2日・麻酔の説明と同意書。
10月10日・リハビリテーション実施計画書。
- 10月26日(土) 術後24日目 「パソコン使用禁止」
- 困ったことは院内でパソコンが使えないことだ。メールは院外で受け取ることもできるが、時間に余裕のある入院生活でパソコンが使えないといらいらする。「パソコンが・・・医療機器に影響する」と掲示してあるが、本当だろうか、いまどき、パソコンのない場所を探すのが難しいと思われる時代なのに・・。
院内にLANを張り巡らせて、映画でも、音楽でも、ゲームもビジネスもできるIT病院はないだろうか、入院生活の「質」が飛躍的に向上すると思うがどうだろう。
- 10月25日(金) 術後23日目 「看護実習生」
- 私の手術の後ずっと、看護実習生の後藤さんがついていてくれた、おかげで不便なベッド生活はだいぶ楽になった。最近はリハビリ生活が多いため、何かをお願いすることも少なくなったが、今日は天気が良いので、術後初めて外の散歩に同行をお願いした。輝く太陽と、さわやかな秋風に吹かれて、気持ちのいい午後をすごした。ちょうど孫娘の年齢の礼儀正しいかわいい娘さんとの散歩はなんともいえない嬉しさであった。
- 10月23日(水) 「松葉杖は難しい」 術後21日目(3w)
- 今日から松葉杖を使う、体重の1/3つまり26キログラムをかけて良いとのこと、杖を前に出し、そこに患肢を置いて健肢を踏み出す。簡単なようでなかなかできない、今日は直線歩行だけがOKとなった。
朝股関節の‡]線写真を撮る、坂本先生が夜中に、「うまくいってるよ」と写真を見せてくれた。先生は必ずその日に説明してくれる。
- 10月22日(火) 術後20日目 「そろそろ勉強」
- リハビリ中心の生活に多少リズム感が出てきたので、午後は本を読むことにする、この習慣をしばらく続けたいものだ。放送大学の「総合人間学」の授業も聞くことができた。ヨシヨシ。
- 10月21日(月) 術後19日目 「リハビリ頑張れ」
- 午前中はリハビリ室で過ごすのが、日課になった、リハビリのでき具合で足の稼動範囲が決まるという、頑張ってはいるが多少あきた。新しいメニュウを追加する。患肢を上に横になり、患肢を上げる、20度くらい。これは結構きつい。お尻の筋肉を鍛えるらしい。
午後バイブバス、入浴の仕方もだいぶなれてゆっくりできる様になった。
- 10月20日(日) 術後18日目 「自分のからだ」
- 体中がだいぶほぐれてきたようだ、手術の部分だけは、異物感があるものの、それも、ともすれば忘れてしまう。気がつくと患肢を下にして寝ていたりするが痛くなって気がつく。
日曜で院内は静か。見舞い客の声が遠くで聞こえる。
- 10月19日(土) 術後17日目 「読書」
- 土日は病院も休みでほとんどやることがない、今までのリハビリ運動の繰り返しをする。何度かやるとあきてくる。読んでやろうと持ち込んだ、大量の本もなかなか進まない。
- 10月18日(金) 術後16日目 「お手玉」
- 手術の切り口付近が、痩せてきて痛みが少なくなった。こちら側を下にして横になろうとしたが、無理。
リハビリによる筋肉痛が股関節部に出てきたが、運動はそのまま続けるほうが良いらしい。
リハビリ室で、小さいお手玉を右足の足指で箱に入れる訓練があった、足の指は、体の平均をとるのに大切な働きをするらしい。
- 10月17日(木) 術後15日目 「抱え枕」
- A型枕から開放されて、抱え枕になった、40×50×20cmぐらいの枕を両足に抱えて寝る、転がらないように小さい枕を下に敷く、これは体が安定して楽だ、今までの苦しみがうそのようだ、いつでも横になれるようになると、上向きに寝ていることが多いのに気がついた。どうも、横向きになれないというストレスであったようだ。
- 10月16日(水) 「本格リハビリ」 術後14日目(2w)
- リハビリ室でのリハビリの開始。
手術後の肢の角度などの測定した、左右の足の長さはぴったり同じと聞いてひとまず安心。
リハビリのメニュウを作ってもらう。取り合えづ4種類,患肢を股関節の部分から20度ぐらい持ち上げて5秒止めるが、10回は無理。あまり張り切ると、関節痛になる。右足の開脚が悪い、これは頑張らないと後で困るらしい。
A型枕のことでいろいろ意見をしたら、今日から抱え枕でいいことになった。少し楽になった。
- 10月15日(火) 術後13日目 「バブバス」
- 今日から風呂が解禁。
なんだかすごい機械の風呂に入れてもらう。ベッドが浴槽につかるだけの物だが、浴槽の底から泡が吹き出て「バイブラバス」というらしい、名前からもう少しバイブが効くのか想像して楽しみにしていたが、それは大間違いだったようだ。
- 10月14日(月) 術後12日目 「リハビリ」
- 休日で動きはほとんどない、
ベッド上のリハビリ運動を3種類を何べんか繰り返す。傷口はほとんど体になじんで傷まない。だんだん自分の体になってきたきがする。
それにしても、にくいのはA型枕だ(外転枕)人間はちょうっとの拘束で、とてつもなく苦しむ、枕も何種類か用意して、その人の病状と体つきに合わせられるのではないだろうか、もう少し私にあったやり方も考えてもらいた、と思うのは贅沢か・・。
- 10月13日(日) 術後11日目 「見舞い」
- 今日も病院は静か、見舞い客が7人あった。うれしかった。
- 10月12日(土) 術後10日目 「休日」
- 今日から3連休、しかも快晴となって、病院前の検見川浜は、サーフィンを楽しむ人で満員。すごい数だ。院内は、昼の検温以外の行事はない。持ち込んだ本を読んですごす。
来週からはリハビリ室での訓練が始まる。考えてみると。この病気は、リハビリで結果が変わるような気がする。頑張ってみよう。
- 10月11日(金) 術後9日目 「責めまくら」
- ここいら辺で、手術については、一応,終わりのようだ。苦しかったのは、手術そのものではなく、術後に夜も体位が変えられないことによる、肉体的、精神的苦痛によるもので、まったく拷問とはこんなものかと思わせるものである。
確かに脱臼は怖いが、もう少し楽な方法で防ぐ方法があるのではないかとも思う。
A型枕(上底25センチ下底40センチ高さ40センチ、厚み12センチのビニール製)これを両足の角度が変わらないように、足に挟んで寝る、これは人肌のみれんも感じられないなんとも無機質なものであった。再検討の必要があるように思う。
- 10月10日(木) 術後8日目 「睡眠薬」
- なんとなく自分の体になった感じがしてきた。残りの針11本を抜く。
車椅子の全面使用許可が出たので、どこでも行かれるが、やはりトイレが気になって早めに出かけることになる。
夜の睡眠は十分には取れない、睡眠薬のお世話になる。
- 10月9日(水) 術後7日目 「ばっこう」
- それまでの個室から一般病室に移動。
抜コウ。傷口を縫い合わせた金具、23本のうち今日は12本を抜く。切り口は27センチメートル。
腰部正面のX線写真の撮影。股関節の部分について写真を見ながらの説明があった。うまくついている感じ。ヨシヨシ。
来週から始まるリハビリについての書類にサイン。
- 10月8日(火) 術後6日目 「立ちション」
- 血栓症予防のためバッファリン81ミリ1錠。(かなり後まで)
ベッドでのリハビリ開始。これは簡単な運動。
患肢は足首の前後運動、10回。膝関節部分を下に押し付ける10回。健肢は股関節から下肢を少し持ち上げる、10回。一日3回と言っていたが、暇に任せて運動をする。
洋式便座で、男性が小用をするのはなかなか難しいことがわかった。「立ってして良いか」と聞くと駄目ですという、はじめは何とか頑張ったが、内緒で立ち上がって小用することにした。ああすっきり。
- 10月7日(月) 術後5日目 「車椅子」
- 採血(2本)。体温は平熱になる。ATストッキングは着用する(かなり後まで)。
今日から車椅子ということで導尿パイプをとる。パイプを取ると膀胱の膨満感がなくり、うまく排尿ができない、急に尿意を催したときはすでに遅く失敗。
車椅子に乗る。術前は簡単だったのに思ったより難しい。
ベッドからの、乗り降り。トイレでの便器への乗り降りは、許可が出るまで一人では禁止。
乗り降りのポイントの一つは、車椅子の固定と健康な足の位置だ、これを中心に、トウでスピンする。
夜間車椅子でトイレに行くのは危険なので、尿瓶を用意してもらった。
- 10月6日(日) 術後4日目 「free」
- ベッドアップ・フリー。つまり、股関節を90度曲げてもいいということだ、驚き。それに痛みは何もない。
それではということで、あちこち屈伸してみるが、バリバリ音を立てるような「き」がして勇気が出ない。先生の話によると、すでに手術中に、この人の可動域はこれくらいとわかるので、安心して良いとのことだ。
手術以来の便秘の処置。今日はどういうわけか食欲がない。
- 10月5日(土) 術後3日目 「A型枕・外転枕」
- 昨夜はほとんど眠れなかった。A型枕を足に挟んで寝る、これがなんともならない拷問だ、早くなくならないか・・・。
今日より血栓症予防のためバッファリン81ミリを飲み始める。患肢に医療用圧迫ストッキングの着用を始める。すこしきつめの靴下だ。
右足がどれくらい動くか、試してみたら、ひざから下が自分で持ち上げることができた。
- 10月4日(金) 術後2日目 「bed up 60度」
- 体温38度、熱が出ている。
「BEDUP60度」と表示されて、ベッドの背を立てることができる様になった。多少楽になる。
傷口の消毒のとき、血液を出していたドレンを抜く。自己血200CCを返してもらう。
一日中A型枕と決闘。
- 10月3日(木) 術後1日目 「不快」
- 朝食におかゆが出たがほとんど食べられない。体温37,2度。血圧104・60、多少貧血気味なので、自己血400CCを返してもらうことになった。手術で使ったのは400CCだけ。昼食はおにぎり、おいしかったが半分くらい。
同じ姿勢なので、背中がいたい。先のA型枕を、両足の間に挟んで何とか横向きに体位を変えて寝られるが、ながくは持たない。といってそんなにしょっちゅう体位は変えられない、手術の痛みはまったくないが、腰や背中の圧痛や倦怠感にさいなまれる数日間が始まる。A型枕は責め具となったようだ。
- 10月2日(水) 手術当日(快晴) 「ゆめの中」
- 朝から絶飲食。浴衣とT字帯にかえる。いくつかの点滴。
13時30分手術室に、あっという間もなく睡眠。19時30分自室に帰還。その間の感覚時間は0分。痛みもなし。
「よく頑張りましたね」という妻の声が空々しい、頑張ったことなんか覚えていない。
頭を動かすと気分が悪くなって、戻しそうになる。その夜3回戻したが、気分が悪いというようなことはなかった。ぐっすりと眠る。
麻酔時間4時間37分、ちょっと長かったようだ。
- 10月1日(火) 「手術前日」
- 検温36,5度
麻酔科からの採血1本。X線写真撮影・股関節正側。抗生物質のアレルギー検査。出血停止時間の測定では、耳からの出血が1分30秒でとまった、普通らしい。
手術室の係員から手術手順についての説明があり、麻酔のかかるまでの時間どういう音楽がいいですか・・といわれたので「小野リサ」を依頼。さて聞く余裕があるのか。
- 9月30日(月) 「手術2日前」
- 「麻酔問診票」に過去の麻酔歴など記入し、サイン。
採血2本。尿検査。心電図。などで最終チェック。
術後使用するA型枕の使用方法について説明があった。この枕が、術後しばらく悩まされることになるのだが、今は気楽に聞いておく。
- 9月27日(金) 「手術5日前」
- 午前、リハビリ室で軽いトレーニング。松葉杖の使い方を教わる。
松葉杖は長さが大切のようだ、きっちとした長さでないと、うまく歩けない。脇に当てて歩くのではなく、腕で歩く。患肢は杖と同じ線に置く。 なるほど。
担当医より手術の説明があった。
手術侵襲が大きい。感染症、静脈炎、脱臼、長期的な緩み。などについての説明があった。どれも心配すればきりがないので、手術説明書と輸血同意書にサインする。
- 9月26日(木) 「手術6日前」
- 朝、採血(2本)
リハビリ室で筋トレ1時間。胸部正面エックス線写真の撮影。夕食前に預血3回目の採血400CC。造血のための皮下注射1本。
診療費請求明細書がくる。9月12日から15日分 8810円。
- 9月24日(火) 「手術8日前」
- 朝の検温後は、特にすることもない。午前中リハビリ室にいって、股関節付近の筋肉を鍛える運動をする、術後に役立つらしい。
午後、手術前後の用意を看護士から説明がある。術前に用意するものは、
和式寝巻き・・・・・3~4枚
T字帯・・・・・3~4枚
バスタオル・・・・・3~4枚
ネル布地・・・・・3~4枚
紙おむつ、湯のみ、ストロー、ウエットティシュ、ティシュペーパー。
パジャマと下着一組、運動靴。
車椅子の乗り降りの練習をする。車椅子の固定と患肢を使わないことが大切。後退、前進、回転。簡単だが術後はそうは行きませんよ・・・・とのこと。
- 9月20日(金) 「手術12日前」
- RI室で、骨シンチグラムの撮影。11時30分放射性同位元素の注射。3時間後の2時30分より撮影の開始。撮影時間は60分間、その間細長く堅い撮影台の上でじっとしているのは結構しんどい。BGMが流れていたが、もう少しいい音だといいのにな、と思いなが聴いていた。
- 9月19日(木) 「手術13日前」
- 今日は預血の日。朝早く検査のための採血、夕食前に400CCの採血、血をふやすための注射1本。小さな皮下注射、これで利くのかいなぁ。
この病院には、股関節の置換手術の終わった人が大勢いる。みんな、だんだんしっかり歩き出すのを見ると希望がわいてくる。
- 9月17日(火) 「手術15日前」
- 血糖値を調べるということで、3食の前後に計6回の採血があった、6回もぶすぶす針を刺されスト、しまいには刺すところがなくなる、上手な人はさっとかたずけるが、そうでない人もいる。
CTを撮る。股関節の部分とひざの部分を5ミリ間隔で描出するという、ほかに股関節の正面写真。結構忙しい日だった。
- 9月15日(日) 「手術17日前」
- 昼間は、スポーツクラブに行って、軽く筋トレとプール。午後は長男と孫が集まって、股関節激励会、今日は老人の日。
- 9月14日(土) 「手術18日前」
- 今日から老人の日の3連休。早速3日間の「外泊願い」を出して帰宅。これからも何日か仕事のために病院を抜けるが、それは「外出願い」を出す。手術まではそれでも良いようだ。
一番困るのは院内で携帯電話が使えないこと。何時間かごとに院外に出てメールをチェックする。院内で携帯を使ってもいい場所を指定して、「携帯コーナー」を作るべきではないだろうか。屋上の一角などでもいい・・・。
- 9月13日(金) 「手術19日前」
- 6時、血液検査のための採血。7時、検温、血圧、脈拍の測定、・・
10時30分、担当医の回診、11時、リハビリ室で術後に役立つリハビリについての説明と実習。16時、自己血400CCの採血。70歳以上の預血は本人の希望によるので「自己血預血について」の書類にサイン。1200CCが目標だ。人間の血は5リットルしかないので、400CCは大変の量と思っていたが、小さい袋なのでびっくり。
- 9月12日(木) 「手術20日前」
- 9時・入院手続き。
整形外科で担当医から簡単な問診と入院後のスケジュールについて説明。
4階病棟に上がって、入院についての説明がある。
病室は413号室、4階にはほかに耳鼻科と眼科の病室がある。
12時医師の回診、14時検温、血圧、脈拍の測定、・・とうとう病人になっちゃった。
- 8月29日(木) 「手術34日前」
- レントゲン写真(両股関節、臥位・立位正面)撮影と血液検査。入院手続き。個室を希望したが無理のようだ。まあいいか。個室は聖路加に行かないとだめかも。手続きが終わったということは、決まりということ、あたりまえ。再度覚悟。
- 8月16日(金) 「手術47日前」
- 保護者同伴で行く、はじめに、痛みの程度についての質問があった。68点は、まあまあのところ、50点以下の方は手術します。それに体重が重いですね(82kg)これだと人工関節が長持ちしませんよ。といって、もそう簡単には体重を下げるわけにもいかないし、困りましたね。
「手術を先送りしても、それまでの間、痛いのを我慢して動かなければなりませんね、私は70歳、関節が15年持つとして85歳、そこまででいいです・・ムニャ、ムニャ」
とうとう先生根負けして、9月12日より採血と検査。10月2日(水)に手術の予定が決まり、今日から、鉄剤(フェロミア50mg1日4錠)を飲むことになった。スッキリ。
- 8月8日(木) 「手術8週間前」
- 「いづれは手術をすることになるのでしょうね」と先生、でも、手術は大手術ですし、人工股関節には寿命があるので、できるだけ遅くするほうが良いらしい、痛み止めを飲んでも痛くてたまらなくて、手術をするのが普通のようだ。今日も手術の結論は出なかった。ホッ。
ためしに痛み止めを飲むことにする(ミナルフェン200mgセルベックス50mg)
(痛みは多少楽になったが、そんなに変わらなかった)
この次は、奥様と一緒にきてくださいーーこれは、いよいよだな・・。
- 6月6日(木) 「手術17週間前」
- 半年ごとに診察を受けていたが、ここしばらく、調子が悪い、今日は診察日、両股関節のエックス線写真を撮って、今日は手術の宣告が出るかと、心配して行く。「手術をするかどうかは自分で決めてください」と同じことを言う。この先生は少し冷たいなと思いながらも、ホッッとする。
次は、6ヶ月も持ちませんよ、といったら8月8日になった。
- 5月29日(木) 「手術18週間前」
- やはり気になるので、インターネットで調べてみる。
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- ゆるみ
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- はずれ
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- 感染症
- の3つが問題という。 和式トイレが使えないらしいが、これはまあ我慢しよう。
- 2002年4月25日 「手術の大分前」
- 昨年1月に同じ手術を受けた知り合いをたずねて、様子を聞いた。「手術をしてよかったですよ、今は、人工関節が入っているのを忘れてしまうくらいです。不自由なのは、はじめの3ヶ月ぐらい」 まあ安心か。
- 2年ぐらい前から社交ダンスも踊れない。
- 5年ぐらい前からゴルフはハーフで痛くなる。
- 8年ぐらい前にテニスは痛くなりやめる。
-はじめにもどる-
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